2012年12月03日

景観授業の本音

11/27に八千穂中学校で景観授業の講師を行った。
建築士会佐久支部青年委員会の活動として、
子供たちへ景観意識を高めてもらう事を目的として行っている。
昨年より数えると、これで3回目。
前回までは、小学生に植樹事業への参加の意義を伝える為に『景観形成』の授業を行った。
今回は、歴史的な街並みをテーマとして『景観保全』の授業とした。

景観に関しては、人それぞれの観点がある為、
一概に「良い景観と悪い景観」との色分けをする事は不適切だと感じているが、
子供たちへは『解り易さ』が重要である為、
「揃った建物群=美しさ=良い景観」と位置づけて授業を行っている。

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実は授業内容に反するが、僕自身は景観に関してはこう考えている。
景観とは、その場所の文化レベルに比例し、文化の高い地域では自然と整えられる。
景観条例で規制をかけて形成させる事は不可能で、その地域に住む人々の良識によって形成される。
ちなみに身近な避暑地には、厳しい景観条例が掛けられている。
「屋根勾配2寸以上・軒の出500mm以上・隣地からの離隔距離3m」
自然豊かな山林の中へ、自己主張の強すぎる建物が建てられた経緯により、
その抑制が目的で制定されたと思うが、良識ある設計者へ対しても多くの弊害を生んでいる。
ちょっと話がズレ始めたので、景観条例は別の機会として、
素直に景観を考えると、乱立する看板や自己主張の強い色彩、様式の揃わない建物群。
ゴチャゴチャして和風・洋風・カラフル・シンプルなどの「混沌とした街並み」が
今の時代を映す景観なのだと思う。
現在の身近な景観が美しくないのは、合理性・経済性を優先してしまうが故の
文化意識の低さが映し出されている為。
でも「美しくない」事を良いとは思えない。
【ゴチャゴチャした混沌+美しさ=現代の理想の景観】
こんな風に考えているが、正直イメージできていない・・・

地元では、城下町・宿場町といった郷土史より
「和風の新しい建物が軒を連ねる事で、歴史的な景観に意識した街づくり」
という行政が関与して税金を投入した活動が行われたが、大きな疑問を感じている。
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これは歴史の一つの時代の街並みの再現であって、「歴史=和風」の発想は時代の回帰をしているだけで発展性に欠ける。
古い建物を残す活動は大切だと思うが、新たに造る建物を意図的に一時代の和風に揃えるだけでは、どこかのテーマパークと変わらない。
古きに習うは間違いではないが、新しい文化を築く事を放棄してしまう事は、現代の文化を後世へ残せない。

景観には必ず地域性が付随する。
「周りを見渡して、自分はどう振る舞うべきか?」
各自が地域の文化を考えて、美しさを意識すれば、バラバラでも良い景観は形成されると思う。
子供たちに授業した内容と真逆の観点を持っていたりする自分が、
なんだか良く解らなくなってきたので、そろそろギブアップ。。。(^^;)
景観授業を行う立場にありながらも、景観に関しては未だ明確な考えには至っていない。

景観の本音はどうであれ、子供たちが一瞬でも『景観』を意識してくれれば、授業は成功かな。

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posted by カマタ at 20:36| Comment(0) | 日記